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2008年01月03日

寄稿「「石高」をはかる」吉田和彦(日本計量史学会会員)

◇太閤の検地棹

 豊臣秀吉が天正十(1582)年、明智光秀を討ってから直ぐ天下統一したという東北から九州までの支配地の検地を行って、政権の財政基盤となる直轄領(蔵入地)を決めたと言われる。
 その際、土地は四等級に分けられ、それぞれの土地の玄米の生産量を石高で表す石高制とした。この時使うことにしたのが「京枡」である。

 また測地に使ったのが当時の六尺三寸を一間とした棹で、これで測り面積は次のようにした。

 一間四方を一歩
 三十歩は一畝
 三百歩は一反

とされた。

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posted by 日本計量新報社 at 11:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 計量の歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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